フラグメント分子軌道計算に基づく粗視化シミュレーション用の有効相互作用(χ)パラメータのワークフローシステムFCEWS (FMO-based Chi parameter Evaluation Workflow System)
はじめに
近年、材料科学や創薬科学の分野においてナノ~メゾ(数~数百nm )の領域をつなぐマルチスケールシミュレーションの重要性が増しています。通常、メゾ構造の予測には散逸粒子動力学(DPD)等の粗視化シミュレーションが用いられます。これまで、粗視化された粒子間の有効相互作用を表現するχパラメータの設定は、実験データを元にフィットするか、古典的な分子力学(MM)に基づいて算定[1]されることがほとんどでした。しかし、実験値やMMパラメータが存在しない系を扱うことは難しく、また古典的な記述では信頼性が十分でないケースもありました。
上記の問題に対する一つの解決策として開発されたのが、FCEWS (FMO-based Chi parameter Evaluation Workflow System)[2]です。FCEWSプログラムでは、χパラメータを、フラグメント分子軌道(FMO)計算の結果を元に半自動的に算定することが出来ます。FMO計算は、通常のMO計算と同じく、非経験的な量子化学的フレームワークを用いていますので、MMを使用した場合と比べて計算対象の制限を受けにくく、幅広い計算対象に対してχパラメータを統一的に算定することが可能です[3]。なお、FCEWSでのFMO計算にはABINIT-MP[4]を使用します。
[1] “Application of Molecular Simulation To Derive Phase Diagrams of Binary Mixtures”, C. F. Fan, B. D. Olafson, M. Blanco, S.L. Hsu, Macromolecules 25 (1992) 3667-3676.
[2] “FMO計算に基づくχパラメータ算定システム FCEWS”, 土居英男, 奥脇弘次, 望月祐志, J. Comp. Chem. Jpn., in press.
[3] “Fragment Molecular Orbital-based Parameterization Procedure for Mesoscopic Structure Prediction of Polymeric Materials”, K. Okuwaki, Y. Mochizuki, H. Doi, T. Ozawa, J. Phys. Chem. B, 122 (2018) 338-347.
[4] “Electron-correlated fragment-molecular-orbital calculations for biomolecular and nano systems”, S. Tanaka, Y. Mochizuki, Y. Komeiji, Y. Okiyama, K. Fukuzawa, Phys. Chem. Chem. Phys. 16 (2014) 10310-10344.
特徴
FCEWSは、ユーザーの負担を極力少なくするように設計されています。計算対象分子の構造を用意すれば、ABINIT-MPの入力ファイルの自動生成、計算結果の回収、χパラメータの算定を1コマンドで実行可能です。ABINIT-MPの方でポアソン・ボルツマン(PB)型の連続誘電体モデルのオプション[5]を設定すれば溶媒効果を考慮することも可能で、脂質膜のシミュレーション[6,7]などに好適です。
[5] “Incorporation of solvation effects into the fragment molecular orbital calculations with the Poisson–Boltzmann equation”, H. Watanabe, Y. Okiyama, T. Nakano, S. Tanaka, Chem. Phys. Lett. 500 (2010) 116-119.
[6] “Dissipative particle dynamics (DPD) simulations with fragment molecular orbital (FMO) based effective parameters for 1-Palmitoyl-2-oleoyl phosphatidyl choline (POPC) membrane”, H. Doi, K. Okuwaki, Y. Mochizuki, T. Ozawa, and K. Yasuoka, Chem. Phys. Lett., 684 (2017) 427-432.
[7] “散逸粒子動力学における界面付近の水の取扱い”, 土居英男,奥脇弘次,望月祐志,小沢拓, J. Comp. Chem. Jpn., 16 (2017) 28-31.
開発の経緯
FCEWSの方法論的な整備は、(株)JSOL(担当:小沢拓氏)と望月研究室とのコラボレーションとして2014年春に始まりました。2015年度からは、文部科学省「フラッグシップ2020 重点課題6」(代表:東京大学 吉村忍教授)プロジェクト[8]の中で研究開発が進められてきており、実応用として燃料電池の電解質膜のFMO-DPD連携シミュレーションなどで活用されています。また、前出の脂質膜関係[6,7]の他に、省燃費タイヤのゴム/シリカ複合素材[9]にも適用されています。
FCEWSの中でも用いられるABINIT-MPプログラムは、東京大学生産技術研究所を拠点とする「戦略的基盤ソフトウェアの開発」、「革新的シミュレーションソフトウェアの開発」、「HPCI戦略分野4 次世代ものづくり」の一連のプロジェクト(代表:東京大学 加藤千幸教授)、さらにJST-CREST「シミュレーション技術の革新と実用化基盤の構築」(代表:神戸大学 田中成典教授)と立教大学SFR(担当:望月祐志)などの支援を得て、10年以上に渡って開発が進められてきました。現在は、FCEWSと同じく「フラッグシップ2020 重点課題6」の下で開発整備が続けられています。なお、ABINIT-MPの入手・利用については[10]をご参照下さい。
[8] http://postk6.t.u-tokyo.ac.jp/
[9] “タイヤゴム素材に関する計算化学的研究”, 石川雄太郎, 奥脇弘次, 土居英男, 望月祐志, 佐藤弘一, 日本ゴム協会2017年年次大会, B-3発表, 名古屋, 2017/5/18.
[10] http://www.cenav.org/abinitmpopen1/
FCEWS Ver. 1 Rev. 2 (2018年2月版)の主な機能
基本的な機能は文献[2]に記してあるものになります。
- ABINIT-MPを用いたFMO計算のための入力ファイル自動生成機能
- 計算結果の自動回収機能
- χパラメータの算定機能
2018年2月現在もFCEWSの手法の改良・拡張は続いており、今後はより汎用性を高め、タンパク質などへも利用を広げていく予定です。
FCEWS Ver. 1 Rev. 2の開発者
奥脇弘次(立教大学 理学部)、土居英男(立教大学 理学部 → 産業技術総合研究所)、望月祐志*(立教大学 理学部) (*取り纏め責任者)
コンタクト
FCEWSのご利用にご関心のある方は、立教大学の望月祐志(fullmoon -at- rikkyo.ac.jp)にメールにてご連絡いただければと思います(-at-を@に変換してください)。個別に契約書面の取り交わしをさせていただき、ご提供したいと思います。よろしくお願いいたします。