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ABINIT-MP Openシリーズ(Ver. 1 Rev. 15)

※2018年2月版(Ver.1 Rev.10)に関するページはこちらです

はじめに

ABINIT-MPは、フラグメント分子軌道(FMO)計算を高速に行えるソフトウェアです[1]。専用GUIのBioStation Viewerとの連携により、入力データの作成~計算結果の解析が容易に行えます。4体フラグメント展開(FMO4)による2次摂動計算も可能です。また、部分構造最適化や分子動力学の機能もあります。FMOエネルギー計算では、小規模のサーバから超並列機の「京」まで対応しています(Flat MPIとOpenMP/MPI混成)。


[1]“Electron-correlated fragment-molecular-orbital calculations for biomolecular and nano systems”, S. Tanaka, Y. Mochizuki, Y. Komeiji, Y. Okiyama, K. Fukuzawa, Phys. Chem. Chem. Phys. 16 (2014) 10310-10344.

特徴

ABINIT-MPは使い易いFMOプログラムで、4体フラグメント展開までが可能です。研究室単位のLinux/Intel系サーバに標準搭載されているMPI環境で動作しますし、特別な設定も必要ありません。また、煩雑で注意深さを要するフラグメント分割を伴う入力データの作成は随伴GUIのBioStation Viewer(Windowsで動作)を使うなどすれば容易に作成出来ます。また、フラグメント間相互作用エネルギー(IFIE)などの計算結果は膨大となりプリントからの理解はしばしば困難ですが、Viewerを使うと可視的・直観的に対象系の相互作用の様態を把握出来ます。

開発の経緯

ABINIT-MPプログラムは、東京大学生産技術研究所を拠点とする「戦略的基盤ソフトウェアの開発」、「革新的シミュレーションソフトウェアの開発」、「HPCI戦略分野4 次世代ものづくり」の一連のプロジェクト(代表:東京大学 加藤千幸教授)、さらにJST-CREST「シミュレーション技術の革新と実用化基盤の構築」(代表:神戸大学 田中成典教授)と立教大学SFR(担当:望月祐志)などの支援を得て、10年以上に渡って開発が進められてきました。Intel Xeon (IA64)系バイナリは、Ver.7が東京大学生産技術研究所の革新的シミュレーション研究センター[2]で利用可能となっています(2019年3月時点)。

現在は、東京大学工学研究科を代表拠点とする「フラッグシップ2020 重点課題6」(代表:東京大学 吉村忍教授)[3]の中で、Openシリーズとして機能強化・高速化とリリースが行われています(取り纏め責任者:立教大学 望月祐志)。第一版は、バイナリで公開してきましたVer. 7を元にメモリー要求の軽減などの改良を施したもので、2016年12月にまとまったVer. 1 Rev. 5です。Rev. 5は、HPCI関係では理研AICSの「京」、東京工業大学のTSUBAME、東京大学・筑波大学のJCAHPCのOakForest-PACSにライブラリ(バイナリ)として提供されました。

Ver. 1 Rev. 5をベースとして成分毎の相互作用エネルギー解析(PIEDA)[4]、局在化軌道による分散力の局所解析(FILM)[5]などの機能強化を図った版が2018年2月リリースのVer. 1 Rev. 10です。また、OakForest-PACS向けでは利用頻度の高いMP2エネルギーでOpenMP/MPI/MPIの3階層の並列化実行も可能となりました(OakForest-PACSなどのメニーコア環境への対応)。

2019年3月リリース最新のVer. 1 Rev. 15では、ペプチド結合部分のカルボニル酸素(>C=O)による相互作用で、しばしば問題になってきた「相互作用フラグメントの帰属ズレ問題」に対する解決策の一つとして、部分3体展開下でsp2混成炭素(BDA)でのフラグメント切断が可能となりました。エネルギー微分にも対応しています(論文投稿を準備中)。もう一つの新規機能は、局所応答分散(LRD)[6]によってMP2に代わって分散力による安定化エネルギーを算定出来るようになったことで(論文投稿を準備中)、計算コストとメモリー要求がMP2に比して低いので大きな系を扱うのに有利です。また、結合クラスター展開(CCSD(T)も可)と多体摂動(MBPT)のモジュール[7]が旧JST-CREST版から移植されました。その他、ポアソンボルツマン(PB)型の水和でキャビティを定義する有効原子半径の汎用性を上げています。


[2] http://www.ciss.iis.u-tokyo.ac.jp/

[3] http://postk6.t.u-tokyo.ac.jp/

[4] “Pair Interaction Energy Decomposition Analysis”, D. G. Fedorov, K. Kitaura, J. Comp. Chem. 28 (2007) 222.

[5] “Fragment interaction analysis based on local MP2”, T. Ishikawa, Y. Mochizuki, S. Amari, T. Nakano, H. Tokiwa, S. Tanaka, K. Tanaka, Theor. Chem. Acc. 118 (2007) 937.

[6] “Density functional method including weak interactions: Dispersion coefficients based on the local response approximation”, T. Sato, H. Nakai, J. Chem. Phys. 131 (2009) 224104-1.

[7] “Higher-order correlated calculations based on fragment molecular orbital scheme”, Y. Mochizuki, K. Yamashita, T. Nakano, Y. Okiyama, K. Fukuzawa, N. Taguchi, and S. Tanaka, Theor. Chem. Acc. 130 (2011) 515.

Open Ver. 1 Rev. 15 (2019年3月版)の主な機能

上記にもありますが、Open Ver. 1 Rev. 15でのRev. 10に対しての機能追加の大きなポイントは、sp2炭素による切断(ペプチド結合でのフラグメント分割が可能)とLRDによる分散力補正(PIEDAでも可能)です。

  • エネルギー

→ FMO4: HF, MP2 (CD)

→ FMO2:HF, LRD, MP2, MP3, CC/MBPT

  • エネルギー微分

→ FMO4: HF, MP2

→ FMO2: MP2構造最適化, MD

  • その他機能

→ sp2炭素での切断 (FMO3SL下)

→ SCIFIE, CAFI, 重要データ書出し

→ MCP, PB水和, BSSE-CP

→ PIEDA, FILM

→ GUI(BioStation Viewer)

  • 並列化環境(PC~スパコン)

→ MPI, OpenMP/MPI混成

→ MP2エネルギーはOpenMP/MPI/MPIの3階層混成

→ 最深部はBLAS処理 (DGEMM)

 

Open Ver. 1 Rev. 15 (2019年3月版)の開発者

望月祐志*(立教大学 理学部), 中野達也(国立医薬品食品衛生研究所 医薬安全科学部), 坂倉耕太(NEC), 沖山佳生(国立医薬品食品衛生研究所 医薬安全科学部), 秋永宜伸(ヴァイナス), 渡邊啓正(HPCシステムズ), 加藤幸一郎(みずほ情報総研), 佐藤伸哉(NECソリューションイノベータ), 山本純一(NECソリューションイノベータ), 山下勝美(元 NECソフト), 村瀬匡(元 NECソフト), 石川岳志(鹿児島大学 学術研究院 理工学域工学系), 古明地勇人(産業技術総合研究所 バイオシステム部門), 加藤雄司(元 立教大学 理学部), 渡辺尚貴(みずほ情報総研), 塚本貴志(みずほ情報総研), 森寛敏(中央大学 理工学部), 奥脇弘次(星薬科大学 薬学部), 田中成典(神戸大学大学院 システム情報学研究科), 加藤昭史(スコーピオンテック), 渡邉千鶴(理研 横浜), 福澤薫(星薬科大学 薬学部)

(*取り纏め責任者)

応用分野

ABINIT-MPのFMO計算は、開発当初から生体分子関係、特にタンパク質とリガンド(薬品分子)の複合系に対して主に用いられてきました。これは、計算で得られるフラグメント間相互作用エネルギーがアミノ酸残基間、あるいはリガンド-アミノ酸残基間の相互作用の状態を理解するのに好適なためです[1]。しかし、FMO計算は生体系に限られるだけでなく、水和凝集系や一般の高分子、あるいは固体なども扱える潜在力を持っています。実際、「フラッグシップ2020 重点課題6」の研究開発活動の中では、有効相互作用パラメータをFMOで求めて高分子の粗視化シミュレーションを行うマルチスケール計算手法と応用が進められています[8-11]。ABINIT-MPの応用は、今後はこうした一般の化学工学や材料科学、あるいは応用物理関係の分野へも広がっていくことを期待していますし、そのための整備とエビデンスの集積を推進していきます。また、多構造サンプルの計算結果を統計的に解析する試み(機械学習も適宜利用)も始まっています[12,13]。

 


[8] “Fragment Molecular Orbital-based Parameterization Procedure for Mesoscopic Structure Prediction of Polymeric Materials”, K. Okuwaki, Y. Mochizuki, H. Doi, T. Ozawa, J. Phys. Chem. B 122 (2018) 338.

[9] “フラグメント分子軌道(FMO)法を用いた散逸粒子動力学シミュレーションのための有効相互作用パラメータ算出の自動化フレームワーク”, 奥脇弘次, 土居英男, 望月祐志, J. Comp. Chem. Jpn. 17 (2018) 102.

[10] “Dissipative particle dynamics (DPD) simulations with fragment molecular orbital (FMO) based effective parameters for 1-Palmitoyl-2-oleoyl phosphatidyl choline (POPC) membrane”, H. Doi, K. Okuwaki, Y. Mochizuki, T. Ozawa, K. Yasuoka, Chem. Phys. Lett. 684 (2017) 427.

[11] “Theoretical Analyses on Water Cluster Structures in Polymer Electrolyte Membrane by Using Dissipative Particle Dynamics Simulations with Fragment Molecular Orbital Based Effective Parameters”, K. Okuwaki, Y. Mochizuki, H. Doi, S. Kawada, T. Ozawa, K. Yasuoka, RSC Adv. 8 (2018) 34582.

[12] “FMOプログラムABINIT-MPの開発状況と機械学習との連携”, 望月祐志, 坂倉耕太, 秋永宜伸, 加藤幸一郎, 渡邊啓正, 沖山佳生, 中野達也, 古明地勇人, 奥沢明, 福澤薫, 田中成典, J. Comp. Chem. Jpn. 16 (2017) 119.

[13] “Destabilization of DNA through interstrand crosslinking by UO22+”, A. Rossberg, T. Abe, K. Okuwaki, A. Barkleit, K. Fukuzawa, T. Nakano, Y. Mochizuki, S. Tsushima, Chem. Comm. 55 (2019) 2015.

Openシリーズの今後のリリース

ABINIT-MPには、主に開発の経緯的な事由から「ローカル版」が存在しています[1]。これらでは、励起エネルギーや動的分極率の算定、さらに結合クラスター展開による高精度エネルギー計算などが利用出来ます。こうした機能に関心を持たれる方も居られますし、手持ちのマシン環境によっては再コンパイルやチューニングのためにソースを所望される場合もあります。こうした状況を改善すべく、「フラッグシップ2020 重点課題6」の研究開発の中で産官学を交えたコンソーシアム的な組織でABINIT-MPのソース共有を行い、継続的なコード開発・改良と保守を図っていく活動の中でリリースされていくのがOpenシリーズです。なお、GUI であるBioStation Viewerについては2018年の秋から星薬科大学の福澤薫准教授に更新・整備の管轄が移りました。

2019年度は、Ver. 1 Rev. 15に対して旧JST-CREST系の励起エネルギー算定機能[14]の復活を図り、Rev. 20を調製します。また、福澤准教授関係の厚労省AMED/BINDS系の成果として、部分構造最適化に好適な凍結領域制限(FD)[15]の機能、それに国立医薬品食品衛生研究所の沖山佳生氏によるポアソン-ボルツマン型溶媒和の新しいモデル(PBSA)[16]も導入される予定です。リリースは2019年の10月の予定ですが、Ver. 1の更新としてはここまでとなります。

大きな改造を伴いつつ整備を進めてきているOpen Ver.2では、石村和也氏のSMASH[17]から提供いただいている積分モジュールやDFT機能を前面に出すことになります(LRDでの数値積分でDFTのルーチンを既に一部利用)。また、また2電子積分の恒等分解(RI)のモジュール(C言語で記述)を鹿児島大学の石川岳志教授のPAICS[18]から移植(作業はほぼ完了)してRI-MP2エネルギーと微分が利用可能となります。Ver. 2のリリースは2020年の1月の見込みです。

ソースの共有とは別にOpenシリーズでも従来のバイナリでの提供も続ける予定で、以下のようなプラットフォームを対象にしています(2019年3月時点)。

  • PC: Windows (64 bit)
  • 小規模サーバ: Intel Xeon (IA64) & Xeon Phi (Knights Corner & Landing)
  • スーパーコンピュータ: 富士通系{「京」, FX-10, FX-100, OakForest-PACS}

この他、海洋研究開発機構 地球情報基盤センターのご支援により、ベクトル型スーパーコンピュータであるNECのSX-ACEにも対応作業を進めています。

HPCI拠点でのライブラリプログラムとしての登録は、高度情報科学技術研究機構(RIST)のご支援を2018年度の下期から受けており、Ver. 1 Rev. 15等についても整備を進めていく予定です。


[14] “Parallelized integral-direct CIS(D) calculations with multilayer fragment molecular orbital scheme”, Y. Mochizuki, K. Tanaka, K. Yamashita, T. Ishikawa, T. Nakano, S. Amari, K. Segawa, T. Murase, H. Tokiwa, M. Sakurai, Theor. Chem. Acc. 117 (2007) 541.

[15] “Geometry Optimization of the Active Site of a Large System with the Fragment Molecular Orbital Method”, D. G. Fedorov, Y. Alexeev, K. Kitaura, J. Phys. Chem. Lett. 2 (2011) 282.

[16] “Fragment Molecular Orbital Calculations with Implicit Solvent Based on the Poisson-Boltzmann Equation: II. Protein and Its Ligand-Binding System Studies”, Y. Okiyama, C. Watanabe, K. Fukuzawa, Y. Mochiuzki, T. Nakano, S. Tanaka, J. Phys. Chem. B, 123 (2019) 957.

[17] http://smash-qc.sourceforge.net/

[18] http://www.paics.net/

FMO創薬コンソーシアム

2015年度から「FMO創薬コンソーシアム」(代表:星薬科大学 福澤薫 准教授)が産官学で組織され、「京」を計算資源としてABINIT-MPによるFMO計算基づくタンパク質・リガンドの相互作用解析が進められています[19]。重要な創薬ターゲットが設定されており、当該領域の共有基盤となる知見(特にIFIEのデータセット)が蓄積されています(IFIEはデータベース公開)[20]。ABINIT-MPはOpenシリーズとして改良が続けられていきますが、このコンソーシアムは実践的な利用者コミュニティとして重要な役割を果たしていくことになります。


[19] http://eniac.scitec.kobe-u.ac.jp/fmodd/

[20] “Development of an automated fragment molecular orbital (FMO) calculation protocol toward construction of quantum mechanical calculation database for large biomolecules”, C. Watanabe, H. Watanabe, Y. Okiyama, D. Takaya, K. Fukuzawa, S. Tanaka, T. Honma, CBI-J. 19 (2019) 5.

開発系コンソーシアム

ABINIT-MPのOpenシリーズの開発や保守にソースレベルでコミットしていただくための産官学の枠組みです(コンタクト先:立教大学 望月祐志)。バグ情報と対策、新規開発の機能のシェアなど意図していますが、参画される企業様が商用に独自の高速化や改良を図ることは基本的に可とする方針です。現初期段階では、個別にご参画をお願い・確認させていただいて立上げようとしているところです。今後、このコンソーシアムについても情報を更新していく予定です。

コンタクト

ABINIT-MPのOpenシリーズのご利用、あるいは開発系コンソーシアムにご関心のある方は、立教大学の望月祐志(fullmoon -at- rikkyo.ac.jp)にメールにてご連絡いただければと思います(-at-を@に変換してください)。ご所望の利用形態に応じて、個別に契約書面の取り交わしをさせていただき、ご提供したいと思います。よろしくお願いいたします。