計算工学ナビ

ものづくりにHPCを活用するための ツールとケーススタディー

サイト内検索

ICNMMF-II 参加報告

東京大学生産技術研究所

大西 順也

はじめに

FrontFlow/violetでは,気液二相流れ解析機能の開発を進めている.今回,成果発表と情報収集の場として,混相流の数値解析に関する国際会議(ICNMMF-II)に参加する機会を得た.本報告書では,本会議,および,本会議で報告された主な講演について紹介する.

会議概要

ICNMMF International Conference on Numerical Methods in Multiphase Flowsは,混相流の数値解析手法に焦点を当てた国際会議であり,2012年にアメリカ・ペンシルバニアにおいて第1回目が開催されたばかりの非常に新しい会議である.第2回目となる今回は,2014年6月30日〜7月2日の日程で,ドイツ・ダルムシュタットにおいて開催された.参加者は約120名で,口頭講演が95件(うち6件は招待),ポスター講演が18件であった.各日の午前は全体セッションが開かれ,それぞれ6件の講演があった.また,午後は3つの並列セッションが開かれ,それぞれ約10件の講演があった.なお,ポスターセッションは2日目の午後に行われた.

講演紹介

発表内容を概観すると,流体中を運動する粒子群を扱うための手法と,流体—流体間界面を扱うための手法に関する研究が大半であった.前者の研究の主な目的は,固定格子を用いて粒子周りの流体を扱う上で,なるべく少ない格子点数で,高い精度を実現することである.なお,この背景には,粒子数が膨大(現状は数10〜数1000個)であることから,個別の粒子に対して(Arbitrary Langrange-Eulerian的な)メッシュ操作を施すことが不可能という問題がある.一方,後者の研究の主な目的は,格子の種類に関わらず,各流体相の体積の保存性や,表面張力のモデル化・定式化である.また,これら以外にも,例えば,S. Takagi氏によるEuler的な表記方法による流体−構造物連成問題へのアプローチや,S. Tiwari氏によるLagrange的な表記方法による二相流のモデル化など,ユニークな試みもあった.以下に,主な講演について紹介する.

A. Prosperetti et al., “PHYSALIS: A method for fully resolved particulate flows”

A. Prosperetti氏は,流体中の粒子群の挙動を解析するためのフレームワークである”PHYSALIS”について,その特徴と現在の開発状況について報告した.PHYSALISでは,解析領域全体に対してNavier-Stokes方程式を直交格子で解く一方で,粒子近傍の流れ場に対してはStokesの解析解を用いることにより,高精度化を図っている.このアイデア自体はすでに数年前から検討されているものであるが,近年の進展としてはGPU環境への実装が進み,計算速度が著しく向上した点が挙げられた.また,質疑では,粒子同士が接近した際に導入する潤滑力について,Stokes方程式から導出されるものであり,人為的なモデルではないとの説明がなされた※.
※一般には,複数の粒子がオーバーラップするのを避けるために,人為的な“反発力”を導入することが多く,その物理的妥当性が問題となる.

M. Shashkov, “Multimaterial Moment-of-Fluid Interface Reconstruction”

M. Shashkov氏は,多成分流れにおける界面捕獲手法として,Moment-of-Fluid法の有効性について報告した.Moment-of-Fluid法は,Volume-of-Fluid法の発展形として,比較的最近に提案された界面捕獲手法である.VOF法では,界面位置・形状を評価する際に,計算セルを占める液体の体積分率だけを用いる.これに対して,MOF法では,体積分率に加え重心を用いることで,形状再現性の向上を図っている.このアイデアは,特に3成分以上の多相流れにおいて,有効であるとのことであった.同様の主張は,M. Sussman氏の講演においてもなされた.

S. Popinet, “Quadtree-adaptive multigrid”

S. Popinet氏は,木構造をベースとした境界適合直交格子を用いた流体ソルバーである”Gerris”の開発者として知られているが,本講演では,現在開発中の”Basilisk”について報告した.”Basilisk”の機能は”Gerris”と同じであるが,計算性能の向上を目的として,全体の設計が見直されているとのことであった.講演では,単位時間・単位コア当りに更新できる計算セル数の比較で,3倍程度の速度向上があることが示された.

D. Juric et al., “BLUE: A Solver for Massively Parallel, Direct Simulation of Three-Dimensional Two-Phase Flows”

D. Juric氏は,気液二相流の大規模並列コード”BLUE”の開発状況について報告した.”BLUE”は,フランスIDRIS(Institute for Development and Resources in Intensive Scientific Computing),および,ドイツJSC(Julich Supercomputing Centre)のBlueGene/Q上で開発が進められており,ベンチマーク問題では全系の半分程度(65,536 threads)の規模までスケールするとのことであった.なお,J. Chergui氏によるポスター講演では,”BLUE”を用いた液滴衝突(いわゆるミルククラウン)シミュレーションで,4,096 threads使用時の並列化効率が約70%,32,768 threads使用時が約40%であることが示されていた.また,計算のボトルネックは,界面グリッドの再構築処理における負荷分散(“BLUE”ではFront-tracking法が使われている),および,圧力のポアソン方程式の求解で,界面のトポロジーが変化するような状況では,特に後者の問題が著しくなるとのことであった.

S. Takagi et al., “A Full Eulerian Method for Fluid-Membrane Interaction and its Application to Blood Flows”

S. Takagi氏は,Euler的記述による流体―弾性膜間相互作用のモデル化およびそれを用いた赤血球流れの解析について報告した.また,その中で,流体方程式の解法を工夫すること(ここでは,擬似圧縮性流体解法の導入)で,単体性能および並列性能の高いコードが作成できることを示した.

S. Tiwari et al., “Numerical simulation of wetting phenomena by a meshfree particle method”

S. Tiwari氏は,メッシュレス粒子法を用いた濡れの数値解析について報告した.Lagrange的な描写基づいた流体シミュレーション手法はこれまでにたくさん提案されてきたが,実現象における各相の物性値の差(例えば,水―空気系では質量密度が約1000倍異なる)を考慮した気液二相流のシミュレーションに適用できるものはほとんどなかった.本手法は,これまでの手法とは異なり,そのような条件においても,安定に計算が実行できるとのことであった.なお,Lagrange的な手法の多くでは,気相と液相で異なる粒子数密度を設定することが多いが,本手法では(ほぼ)等しくなっていた.この違いが,計算の安定化に寄与しているものと推察される.ただし,接触線の取り扱いにはまだ問題が残っているようで,本来は力学的なバランスが成り立つ条件においても,粒子法に特有の,熱ゆらぎのような振動が見られた.

J. Onishi et al., “A Cartesian Grid Method for Simulating Two-phase Flow in Complex geometries”

J. Onishi氏(本報告書の執筆者)は,直交格子を用いた,複雑形状下の気液二相流れのシミュレーションに関して,特に接触線の取り扱い方法について報告した.直交格子では,格子が必ずしも物体表面と一致するわけではないので,物体表面上で与えられた境界条件を満足させることが難しい.この問題を解決するために,近年,Immersed boundary法(埋込境界法)が盛んに研究されており,圧力や速度に対する境界条件の取り扱いにはほぼ問題はない.しかしながら,二相流れの場合には接触線を取り扱う必要があるが,そのための研究はほとんどなされていない.本報告では,任意形状表面上で,接触線を扱うための手法を提案した.

まとめ

本会議では,アプリケーション,特に,産業利用について強調された講演は非常に少なかった.この原因は,本会議の焦点が数値解析手法だからであると思われる.しかし一方で,産業分野で見られる現象に対しては,数値解析手法がまだ十分に発達していないからという見方もできる.例えば,産業利用では必須となる複雑形状への対応に関しては,気液二相流れにおける体積保存性の問題がより一層シビアになることが知られている.また,混相の乱流を扱うための方法論は少なくとも現時点では確立されていない.現在開発を進めているFrontFlow/violetでは,このような現状を打破することを目標としたい.

最後に,次回の会議は2017年に,東京で開催される予定である.また,その前年の2016年には,イタリアのフィレンツェで,ICMF International Conference on Multiphase Flowsが開催される.ICMFは,混相流に関する幅広いテーマを扱う国際会議で,数値解析に関する講演も多数行われるようである.